自己責任

今から4年前、イラク武装組織によって日本人3人が誘拐された事件がありました。
当時、日本政府はイラクへの渡航自粛勧告と退避勧告を行なっていたが彼らはそれを承知でイラク入りしている。

ところが時間が経つにつれ彼らの目的がボランティアと言うにはあまりにも自己中心的だった事が明らかになり
世論を巻き込んで「自己責任」という言葉が氾濫した。
つまり、「そんやつらはほかっておけ」、救出のために税金を使うな、という事だった。


私の見解は違っていたし今でも変わっていない。私の見解はこうだ。
目的、意図に関わらず日本政府は全力を上げて日本人を救出すべきだ
もっと簡単に言えば
日本人が誘拐されたのなら日本政府は全力を上げて日本人を救出すべきだ

彼らの躾や説教とは別問題でそんな事は後で幾らでも出来る。誘拐されたという事実が問題だ。

お菓子をあげるよと言われて付いて行って誘拐された子供と同じだ。
躾や説教は後で幾らでも出来る。

鍵を掛けずに居て泥棒に入られた。もちろん自己責任だ。説教は後で幾らでも出来る。
だからと言って「ほかっておいて良い」というのは別の事だ。犯罪行為を助長する事にもなる。
あーそうか鍵が掛かってない家なら泥棒に入っても警察は追ってこないんだ。なんて事になる。
報道番組などで一部のキャスターや評論家が「自己責任」を吐き出す事がある。
そんな時間に女性が一人歩きするからだ。まったく馬鹿げた話だ。
そもそも他人の「落ち度」に付込むのが犯罪者じゃないのか?

警察を出動させた、騒ぎを起こした、とにかく被害者に対する批判は多い。
犯罪行為が無ければ警察の出動も騒ぎも無かった事には気が回っていない。
犯罪行為は犯罪行為を起こした側に全責任があるはずだ。

躾や説教と犯罪行為事実とは分けて考えるべきじゃ無いだろうか?

面倒だけどもう少し、
「目的、意図に関わらず日本政府は全力を上げて日本人を救出すべきだ」
と書いた。そうすると「目的、意図に関わらず」だから犯罪者やテロリストが日本人なら救出するのか?
と必ず聞いてくる人が居る。本当に疲れます。
そうは言っていない。物事を0と1でしか考えられ無いからこんな下らない事を聞いてくる。
「確固たる理由」を求めてその理由が完全に要件を満たす満たさないでしか是非を判断出来ない。

こんな思考を求めるならコンピュータや機械がジャッジすれば良いのだ。