懸命に生きた人、自殺する人

凄惨な事件がありましたね。報道によれば無理心中だそうだ。(東京都足立区梅田の一家4人殺傷)

懸命に生きる人が居る一方、自殺と殺人(無理心中なんてきれい事で殺人だ)を犯す人。
全く何を考えているんだか、、、
自殺する人の気持ちは理解に苦しむ。

ある人が「もう俺は死にたい」と言ったらやはり理解出来ない。
お前に俺の気持ちが分かるか」と言われそうだ。

彼らは次のような方程式をしらない。つまりイコール(=)の関係が成り立たないと思っている。

努力=成功
努力=問題解決バンザーイ

という方程式がある。えっ!?「そんなもんあるか!!」と聞こえてくる気がします。

成り立ちます

反論としては「俺は頑張ったさ、でも駄目だった」だからそんな方程式はきれい事だと。
本当ですか?と、私は反論する

努力=成功 という方程式を真とするならば、成功しなかったのは努力不足だという事になる。単純明快だ。

良いですか?「方程式を真とするならば」という考え方です。

さっき「お前に俺の気持ちが分かるか!!」と言われましたが、
はっきり言えば
そんなもん分かりたくも無い。
分かってもらう努力をしない人が「分かるか!!」と言うのは矛盾している。

それは、

分かってもらう努力=問題解決(今の場合、右辺は「分かってもらう」で良いだろう)

という方程式に当てはめれば「分かってもらう努力」が足りないからだ。

努力=成功 という方程式をとするという点に立てば右辺が来ないのは努力不足と気がつけるはずだ。

死を選ぶ前に「やれる事は本当に無かったですか?」「本当ですか?」、、、
なぜ、「何が出来るかを考えていないのですか?」「何が出来るか尋ねてみないのですか?」、、、
何度も「やれる事は本当に無かったですか?」「本当ですか?」と自問自答しましたか?

一滴の水も飲めませんでしたか?一滴の水を得る方法は本当に無かったのですか?

懸命に生きる人は「努力=成功」を真としているから、

今日が駄目でも「明日もう一度頑張ろう」と考える。

これを繰り返してもあなたの思う「成功」には到達できないかも知れません。
しかし、その時はあなたの望む死がやってきます。
何故なら一生「努力=成功」を探求し続けるからです。

懸命に生きた人はそれが短くても濃厚で熱い「努力=成功」を探求を行った人ではないかと思います。