彼らから神は去った(教委汚職)

金銭を渡して教員採用を有利に運ぶ。
金銭を渡す方、受け取る方、どちらも幸せになれる
不幸?それは何も知らず教員採用試験を不合格となった人たちだ。
しかしも彼らは自分の能力不足を悔やむだろう。

しかし、教委汚職があっても無くても教員採用試験を不合格となる人たちは存在するからこの事自体は特に不自然でもない。

さらに、金銭を渡す方、受け取る方はどちらも良いことがある
教員採用試験の不合格の心配は要らないしお金を受け取った方もその分、遊ぶお金が出来て懐は大丈夫っていう感じだ。

不幸な事なんて無いじゃないか?、むしろ良いことのほうが多いって思う。



なんて思ったら大間違いだ。
教員採用試験を受けた彼らの全てはおそらくなにも知らずに頑張って来たに違いない。
結果に対して、努力が報われた、努力不足だったとそれぞれ思っただろう。

事実が明るみに出ると何も知らなかった彼らはお金を渡していた親を何と思うだろう。
努力不足と自分を責めた不合格者はお金の力に負けていたと知って落胆するだろう。
お金を受け取った方も地位も名誉も失う。

一体、何処に良いことがあったのだろうか?
不幸の連鎖だ。お金を渡した側、受け取った側、何も知らなかった側も含めて、誰一人得をしたものは居ない。神頼みもしただろうがもう遅い、彼らから神は去った。不幸だけが残った。


幸い、何も知らなかった側で本来合格者となるべき人たちは救済対象となり改めて採用されるようだ。
しかし、たった数十万円で失ったものは余りにも大きい。

世の中にはお金で買えるものとそうでないものがある。