最低の番組

最低の番組というのは人によって意見の分かれるところだろうと思う。
なので捉え方や感じ方を他の人に押し付けようとは思わない。

あくまで私の感じ方としてひどい番組が多い。
その中でも群を抜いて不快なのだ「オーラの、、、」だ。

いい加減なバックグラウンドと巧妙な言葉で人の心を操作している節がある。

死んだ人はこの世には居ないしなんら相互作用も無い。
もう居ないのだ。

それなのにさも「見守っている先祖が言ってます」とかまるで死者と対話ができ見えているかのように。
時には遠隔透視や予知といった能力があるかのように。

悪質なのは人の感情を(わるく言えば)弄び涙を誘う。
もっとも金品を奪ったり傷つけるような暴力をしない点が無いから「感動」した錯覚さえ誘ってしまう。

何気に見てしまうので私もその魔法に捕らわれそうになるのは否めない。


私の両親は私の心の中に記憶として存在する。それは私が死ぬまでずーっとだ。
そして私が死ぬんだときそれは誰かの記憶に存在し続ける。
それが感謝でありと先祖を大切にする気持ちだ。
もし私の前に「私を見守っている母がこう言っています」なんていうヤツだ居たらふざけるな!!と思う。何がわかる?私の心の中にしか投影されない記憶と言う映像を盗み見しているとでも言うのか?
本当に腹立たしい。

ただ、私の事を心をもって通じ合えるならその資格がある。それは私がそれを感じてもらって嬉しいという気持ちをもっているからだ。それとそれが公に放送されないというプライベートな事だからなのだ。

放送倫理基本綱領にはこう書いてある。
報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない。

彼らの行為を放送するという事は「真実」なのか?「客観的かつ正確」なのか?

おっと、そんな事いったら「あの番組も」とかなるだろうが
放送倫理基本綱領にはこうも書いてある
経済の繁栄に役立ち、平和な社会の実現に寄与」「言論・表現の自由を守る

バカな番組や超能力などを扱った番組もあるがそれは「表現の自由」だ。
だからそれらの番組がもしも「真実」と偽って人の心を動かすまでに過激ならやはり同列と感じるが私は「バカだなぁ」とか「そんなアホな」という事で面白がっているので不快感は無い。
しかし、さもそれが真実であるかのように毎週放送され、巧妙な演出で人の感動を強引に引き出すような番組なら絶対に見ない。

さらに放送倫理基本綱領にはこうも書いてある。
意見の分かれている問題については、できる限り多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持しなければならない。

そう、そういう意味では一方的だ。
現に、どうみても気に入らないゲストに対しては痛烈な反応だし素直なゲストに対しては、、、
もう書かなくても良いだろう。