可愛そうな青年

ある日隣の病室に青年が来ていた。どうやらもっと前に入院していたようだが部屋を移ったという事らしい。なかなか明るい青年で超プラス思考でした。すぐに打解けてみんなと話すようになりました。

通学中の交通事故だったと聞いた。しかしやはり外科の患者はみんな元気だ。彼も元気で車椅子ではしゃいでいました。

ある日、彼に
「俺は腕だけど足は何かと大変じゃなか?」と聞くと

「えーっ?俺は脚の方がましだと思うけど」というのです。

「なんで?」と聞くと

「その腕じゃごまかし気か無いじゃん!!、今は車椅子だけど義足にしてしまえば誰も気がつかないジャン!!」というのです。

「確かになー」と思いました。で、気になったのでさらに聞いてみました。

「でも義足って事はその足、切断するの?」すると、

「あー、膝から下は駄目らしいから付けていてもしょうがないじゃん」というのです。

相当なプラス思考の青年だった。
それからしばらくして彼が

「今日はヤダナー」と珍しく凹んでいました。「なんで?」と聞くと
「両親が呼び出し食らっちゃったんだ」と呟いていました。

まあいつもあれだけはしゃいでたからな。と思いました。
午後になって彼のご両親が来ていました。軽く挨拶すると彼と一緒に叱られに別室に入ってきました。
しばらくしてロビーでさっきのご両親とすれ違いました。ちょうど帰るところだったようです。
ふと気がついたのはお母さんがうな垂れて涙を拭きながら病院を出て行く姿でした。よほど厳しく注意されたんだな。とその時は思いました。

病室に戻ると何故かみんな少し暗いのです。
「どうしたの?」と聞くとあの青年もカーテンを引いてベットにこもってる、というのです。
叱られたんじゃ無いと分かりました。

彼の悪ふざけでご両親が呼ばれた訳では無かった。
それは彼や彼のご両親にとって最も辛い宣告を受けるためだった。
それは「生涯歩く事は出来ない」という宣告だった。これでは義足も使えない。
その日を境に彼を見かけることは無かった。